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はじめにー「Notes in a Cozy Room」について

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「Notes in a Cozy Room」へ、ようこそ。

このページを見つけて下さってありがとうございます。私はここの管理人のMapleです。

ここは、私が日々の中で見つけたことや考えたことを記録する、静かで心地よい部屋のような場所です。どうぞゆっくりお過ごしください。

 

この部屋には、閲覧自由な雑記帳が置かれています。

そこに綴られているのは、私が人生をより良くするために行う、ささやかで個人的な探求の記録です。

例えば、「家を快適な状態に整える方法」、「心身の健康について学んだこと」、「ふと思ったこと(もしくは常々考えていること)」など。

身近なものごとを通して自分の幸せの形を知ることで、「生きること」を「愉しいこと」にできるんじゃないだろうか。そんなことを思って、見たり、聞いたり、考えたりしたことがらを言葉にしています。

たいへん地味なことばかり(笑)ですが、なかなかおもしろいんですよ。なぜなら、この探求が向かう先はいつでも「私の幸せ」だからです。

 

さて、私が自分の幸せというものに目を向けるようになったのはこの数年のことで、それ以前は、自分を置き去りにして周りばかり優先してきました。

そうなった背景には2つのことがあると思っています。

1つは、私が1歳になる頃に発症した円形脱毛症です。

症状が重く、髪はほとんど抜けました。

そこから10代半ば頃までの間、様々に治療を受けましたが改善せず、そのあとは治そうとすることをやめて、自分の髪がほぼない状態のまま今までやってきております。

 

もう1つは、私の性格と環境の不調和。

私は小さい頃から心配性で不安になりやすく、何かと考えすぎて行動が遅いタチでした(今も)。自分から友達の輪に入るのも苦手、本や音楽が好きな、おとなしいタイプだったと思います(今も)。

こうした要素は捉え方、扱い方によって長所にもなりますが、「消極的」とか「弱い」など、短所として見られやすい中で私は育ちました。

また私の両親は感情というものを(両親自身のも、他人のも)嫌っているフシがありましたので、家族である私の喜怒哀楽にも批判的でした。

喜んでいると水を差されたり、泣くと怒られたりで、窮屈な環境だったと言えます。

 

「見た目は人と違うし、長所もない」―いつの間にか、私は自分を嫌っていました。

自分は見た目がおかしいから、目立たないようにしないといけない。

自分は他の人より劣っているし、普通にしていたら人に嫌われるから、努力していい成績を取らないといけないし、行動や発言は人に合わせないといけない。

感情を見せるとイヤなことが起きるから、隠しておかないと。

そういうあり方を無自覚なうちに選んで、表面的な「いい子」をやりながら成長した感じです。

正体の分からない息苦しさの中、それ以外を知らないまま「人生なんて苦しいのが当たり前」と、ただ思っていました。

 

そうやって消化試合みたいに人生をやり過ごしていたわけなんですが、大人になってから軽い気持ちでボイストレーニング(歌)に通い出したところ、まったく想定外なことに、そこから人生が方向転換を始めました。

ちっっっとも、うまく歌えなかったんですよ・・・(汗)。

歌に関する技術や知識を学ぶ一方、歌うことへの恐怖心がとても強いことに気づいたので、それをどうにかできないかと独学で心理学を勉強しました。

そしたら「自己肯定感」とかいう用語が出てくるわけです、自分を認めていいんですよ的なお話が。これはちょっとした衝撃でした。そんな考え方があるんだ・・・。

そうして徐々にわかってきたのが、もっと自分を大事にできるような、違う生き方が存在しているらしいということです。

よく分からんけど、どうやら私は無理をしすぎていて、成果(つまり評価)にこだわりすぎていて、感情を無視しすぎていて・・・ということらしい。よく分からんけど。

少しずつこのあたりのことが認識できてきた頃に遭遇したのは、経験したことのないような後悔でした。

それなりに頑張ってきたはずなのに、自分の手元には何も残ってない。私のこれまでって何だったんだろう。

自分の過去がおそろしく空虚なもののように思えて、気付かないうちに大きな失くし物をしていたという喪失感に呆然としました。

 

で、あるとき明確に思いました。もうここからは楽に生きよう。人生良くしよう。

 

自然に、人生の探求が始まっていました。

 

「心理」「身体」「暮らし」など、自分の興味が赴く先に心地よさを見出そうとする探求、それらを形にしようと、このブログで試みることにしました。

ここは、冒頭に「静かで心地よい部屋のような」と述べた、そんな場所です。

これから積み重なってゆく記事たちは、部屋に置かれた雑記帳の1頁、1頁です。

この雑記帳は、完成された答えを提供するものではありません。私自身が探求していく過程そのものが書かれた、現在進行形の記録です。

この部屋を訪ねて下さる方が、何かしらの「いいもの」ーそれは実用的な情報かもしれないし、ひとときの休息かもしれない、なんでもよいと思いますーを見つけられる場になればと、今から楽しみにしています。